和噺

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お札の噺

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        和噺   
                         R2/01/06
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ここ数年、外国人の(別に外国人に限っているわけじゃないんだけど、実質、外国人がほとんどになってる)ホームステイの受け入れをしていて感じるのは、国民性というものがあるな、ということ。そして、そのことに、ほとんどの場合は本人が無自覚であるということです。
 
例えば、フランス人なら、ああフランス人ぽいな、アメリカ人ならアメリカ人ぽいな、とかいうのがある。そいつが真面目だなとか、陽気だなとか、個人の個性というものがあっても、それが大きく、国民性を外れることが無いんですよ。フランス人の枠の中での、真面目、陽気、という振れ幅になる。
 
振り返って自分のことを考えてみると、やっぱり「日本人」という枠の中でしか動けないよな、と思います。海外で生活しているのなら、また別でしょうけれども、日本で生活していて、ほぼ日本人同士で付き合っていると、やっぱり、その枠組みの中での感覚になる。はっちゃけるといっても、それは「日本人」という、常識の枠の範囲での、はっちゃけ具合であって、それを超えるのは、意識的にやらないと難しい。
 
例えば「長い休み」と聞いて、日本人なら、まぁ10日かなとか、1ヶ月かなとか思うじゃないですか。3年とか、思わないでしょ。別に、それはどっちが正しいとかいうわけじゃなくって、無意識に、思考の枠組みがあるんだよってことです。国民性、日本人であるということの、思考の枠組みです。
 
日本人の国民性というものを考えてみると、まず第一に、真面目です。超、真面目。不真面目で、いい加減だというような人でも、世界レベルで見れば真面目だと思いますよ。言われたことをやるとか、来いといったら来るとか、まぁその辺は日本人なら当たり前のことじゃないですか。でも、そんなことも当たり前じゃないんですよね。毎日、何度言っても10分遅刻する人とか、日本人だったら超ルーズって感じですけど、いや、10分遅れで来るならすごく真面目じゃんと思う。それがグローバルスタンダード。
 
国民個人の癖というものは、そのように存在するし、また、国としての動きも、癖のようなものは、あるんですよ。というのは、イランの将軍みたいな人がアメリカに暗殺されて、イラン、激おこプンプン丸じゃないですか。あのニュース見て、ああ、アメリカはあいも変わらず、こういうことをするよな、と思いました。宣戦布告をせずに、ちょっかい出して、向こうが怒ってブチギレて反撃してきたら、大袈裟に騒いで戦争に持って行って叩きのめすという常套パターンですよ。
 
太平洋戦争も、そう。ベトナムも、そう。アメリカ相手に戦ったら勝てないのは分かっているから、手を出したら負けなんですけど、そうすると嫌がらせが加速してくる。で、耐えきれずに、よろしいならば戦争だ、と立ち上がってしまう。この最初の犠牲者は、インディアンです。あ、最近じゃネイティブアメリカンって言わねぇといけないのかな。まぁ、インディアンの方が慣れ親しんでいるし、そっちで行きますが。MLBだって、まだインディアンスで通っているんだし、いいでしょ。
 
そもそも、インディアンが住んでいた北米大陸に後からやってきて、迷惑かけて、向こうが攻撃してきたら、このやろうぶっ殺してやると全力で叩く。で、実際、ぶっ殺した。そういう建国の歴史があるからこそ、それを繰り返すのだと思います。トラウマ・マッチョイズムです。イランのニュースを見て、ああ、これまたきたな、と感じました。
 
なんか、トランプ大統領の暴走みたいなことにしようとしていますけど。そもそも、軍がいろんなパターンを提案して、で、「一番あり得なさそうな選択肢も置いておいたら、トランプさん、それ選んじゃったから、しょうがないからやりました」的なストーリーに、しようとしてるみたいですけど。そもそも選択肢に挙げて、そしてそれを実行している時点で、みんな協力してっからな。大統領が選んだんだからしょうがねぇという、都合の良い口実を見つけて、みんなでワイワイ乗っかろうという感じですよ。
 
トランプ大統領を選んだのもアメリカであり、作戦を提案し実行したのもアメリカである。だけど、あまりに世界常識から見れば酷いことだから、大統領には逆らえませんわぁ的な空気感を出しているってことです。この、マッチョイズムと、病的なトラウマを背負った不安神経症みたいな、アンビバレントな二重性がアメリカです。三島由紀夫ぽいよね。まぁ、アメリカが三島由紀夫ぽいんじゃなくて、三島由紀夫アメリカぽいんだけど。
 
日本を個人に例えれば、夏目漱石かなぁ。真面目で、お笑いが好きで、不安を抱えていて、鬱々と思っている。で、猫が好き。日本は、中国や韓国に対しては強気なので、個人で言えば福澤諭吉になります。僕は世代的に、お札といえば夏目・新渡戸・福沢だけど、すごく日本人的な三人ですよね。内向的な、日本人向けの夏目漱石。欧米に対して良い日本像をアピールする新渡戸。強気の福沢諭吉。で、お札として、福澤諭吉が最も金額が高いのが面白い。日本は福澤諭吉でありたいのかな、と思います。
 
あ、五百円の岩倉具視もいるね。超、内向きですが。内向きなほど価格が低く、外向きに強気な自己を表現するほど価格が高い。新渡戸稲造の武士道は、なんか、欧米に媚びている感じがありますからね。それぞれを現代人に当てはめれば、新渡戸稲造外資系企業でバリバリやるタイプで、福澤諭吉は右翼政党の党首ですわ。夏目漱石掲示板に張り付いているコテハン岩倉具視は、読売新聞への投書を生きがいにしている、おじいちゃん。そんなイメージ。
 
なんか、お札の話になっちゃったから、ついでに言っときましょうか。野口英世と、樋口一葉。いやぁ、個人の時代って感じですよね。二人とも組織人じゃないでしょう。日本社会に属している人では、無いでしょう。いつでしたっけ、野口と樋口になったのは。調べたら2004年だって。バブルはじけて、どんよりして、小泉純一郎が自己責任とか言い出して、個人で生きるみたいなところで、個人の代表格みたいな二人が登場したのは、時代を反映しているねぇ。個人で頑張れというメッセージです。
 
で、今度は北里柴三郎、津田梅子、渋沢栄一ですか。なんか、組織に戻ったね。個人じゃなくなったね。「組織を立ち上げた人」だね。これが今、求められている人間像なのかな。リーダーシップ。近代的なリーダーシップ。岩倉・夏目・新渡戸・福沢は、欧米に翻弄され、いろんな反応を示した人。野口と樋口は、個人の才覚で世の中に業績を残した人(だけど1万円まで個人にするほど、個人の価値観は日本では強くない)。北里・津田・渋沢は、組織の力を残した人。そんな裏テーマかな、お札の人選。
 
個人的には、全部、天皇陛下(現代の)が良いと思いますけどね。柄は同じで色違いにすればいいんじゃないの。もしくは、マンガ。どうせ、お札の機械の判定は、今後、チップ的なやつっていうか、絵柄の判定じゃないでしょう。絵柄とかは、どうでもよくなるでしょう。例えば、1万円札を、100種類ぐらい作るんですよ。ドラゴンボールから10種類、アトムから10種類、ワンピースから10種類、みたいに。合計、100種類。
 
そしたら、100万円かけてコンプリートしたい奴、いっぱい出てくるから。外国人もコレクションするから。もし、そんなコレクターが世界に10万人、いるとして、100万円×10万人で、1000億円の外貨獲得。100万人が集めてくれたら1兆円。どうせキャッシュレスになるんだから、お札は、弱小国が切手やコインで外貨獲得するやつの、でかいバージョンで、何兆円か稼ごうよ、みたいにするとかね。
 
ま、でも、たかが数兆円で国家のプライドを売り渡すのも悲しいのでね。やっぱり天皇陛下が良いですわ。一番、丸くおさまると思う。アメリカがイランに攻撃した話から、なんでドラゴンボールの1万円札の話になったのやら。ま、しょうがない。そういうメルマガなので。また明日。チャオ!
 
──【おまけのはなし】────────
 
この季節は鍋の回転率が上がりますね。キムチ鍋が一番、うまい。子供も、鍛え上げたかいあって、辛い鍋もパクパク食べるので、40%ぐらいの確率でキムチ鍋にしている気がする。
 
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