和噺

まぐまぐで配信中のメルマガ「和噺」の過去ログです

ギャンブルの噺

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        和噺   
                         R1/12/27
───────────────────
 
カジノで賄賂もらったって議員さんが逮捕されましたが。いや、本当にあるんですね、賄賂とか。映画の世界ですな。誰か僕にも送ってくれませんかね。せめて県議会議員ぐらいにはならないと、そんな話も来ないのかな。
 
カジノ。出来るんですかね。うーん、どうなんだろうね。すでにパチンコや宝くじや競馬などがある状態で、カジノに目くじらを立てるのも、おかしいと思うし。単なる経済の話として、どっちの方が税金を取れるのかとか、観光誘致に繋がるとか、そういう話で皆さん、ああだこうだ言っているのでしょうが。今日は、もっと根本的に、なぜ人はギャンブルに惹かれてしまうのか、ということを考えてみようと思います。
 
ギャンブルって、当たり前ですけど、基本的に損をするんですよ。還元率、つまり、100かけた時の平均リターン率が、パチンコで95、競馬で70、宝くじで50ぐらいだったかな。これが100を上回ることは、あり得ない。そうしたら、胴元が損をしますから。ただ、現実ってのは奇異なるもので、時々、還元率が100を上回るギャンブルが現れることもあります。
 
アメリカだと、州が宝くじを運営しているらしくって、色々な、本当に無数の宝くじがあるんですって。で、中には運営側がバカで、条件によっては還元率が100を超えちゃう宝くじがあったんですって。で、それを発見した数学好きのおじいちゃんが、買えば買うほど儲かるからって、何億円も宝くじで稼いだって話もありましたが。こういうのは例外中の例外で、基本的にギャンブルは儲かりません。
 
損をすると分かっているのに、なぜ、やるのか。人間は、不確実性が好きなのです。どうなるか分からない、不安な状態を好むんですよね。一か八か、みたいな。もう一つ、そういうことの例を挙げれば、スポーツは不確実性が高いものほど人気になります。陸上のように、強いものが大抵は勝つ競技は、見ていて面白くないんですよ。4年に1度、オリンピックで見るぐらいで十分なんです。日常的に見ていられるのは、どちらが勝つか分からない、不確実性の高い競技です。それは、大抵は、球技になります。
 
丸いものってのは、どっちに飛ぶか分からないから、ボールを使う競技というのは不確実性が高くなるんですよ。完璧な球じゃなくて、ラグビーやアメフトのような変形ボールも、より、不確実性を高くさせる工夫です。さらに言えば、野球は、丸いもの(ボール)を丸いもの(バット)で引っ叩くんですから、これは、不確実性がすごく高いです。だから、一流プレイヤーでも打率3割だし、優勝チームの勝率だって6割ぐらいなんです。他のスポーツで、これほど優勝チームの勝率が低いものは、ありません。
 
ってことで、ギャンブルにしろスポーツにしろ、まぁテレビゲームにしろ、人間は不確実性が大好きです。僕は、これは狩猟採取時代の環境に適応した、人間の本能だと思います。人間が狩りに出るとき、また、どこかに果物を探しに行くときにしろ、そこに食料が必ずあるとは限らないわけですよ。ほとんどは空振りに終わるかもしれない。そういう状況でも、狩りに行かないことには、飢えて死んでしまう。
 
そこで、不確実な状況だけれども、もしかしたら、すごく大きな獲物を獲れるかもしれないという状況で、「人間を動かす」ために、脳味噌、というかDNAは、なんかホルモンをドバドバッと出して、快楽を感じさせるんですわ。で、万一、成功した時には、さらに成功報酬としての快楽ホルモンをドバドバっと出してやり、もう一度、こういうチャレンジを行うように仕向ける。中毒に仕向けるんですな。狩猟中毒。
 
たぶん、そういう目的で、人間は不確実性のあるもの、つまりギャンブルを愛しているってことになるんですよ。ですから、釣り好きとパチンコ好きは、一緒ってことです。そういうホルモン分泌が、平均より高いんじゃないですか。狩猟採取時代なら、すっごく働き者の人たちなんですよ、パチンコ屋さんに並んでいる人たちは。皆が、どうせ獲れないよ、と思っている時にも、朝からウッキウキで森に行くような人たちなんですよ。そういうホルモンが出やすい人なんです。
 
こういうのも、人間が「集団の生き物」であるから、そのうちの何人かに一人が、ウッキウキで森に行けば良い話なんですよ。みんながみんな、ギャンブル(狩猟)好きで森に行ってしまっては、村を守る者もいなくなりますし。村に大人しく残る者、森に獲物を獲りに出かける者、確実に手に入る気の根っことかを掘る者。それらが合わさって「一つ」なんです。
 
だから、個人を比較して、どっちが良い悪いじゃないんです。それは部分と部分を比較するような者です。目が足を笑うようなものなんですよ。お前、何も見えてねぇな、と。いや、でもお前は歩けないじゃん、と。そういうことです。
 
さて。そういうのがギャンブルの根本にあります。狩猟採取の成功報酬サイクルというのは、数時間から、長くても数日ぐらいですから、そのぐらいの時間で行われるものが、人間の射幸心を煽るのには適しているんですよ。競馬とかも、何日か予想して、最後に結果が出る。カジノも、せいぜい数時間の遊びです。これが、結果が出るまでに1年ぐらいかかっちゃうと、なんか違うわー、ってなっちゃう。宝くじを発売して、結果発表は一年後です、っていうと、え、長くね、冷めるわ、となる。
 
僕がよく言う、人間は農業にまだ適応していないってのは、そういうことです。農業ってのは、数ヶ月とか年単位(果樹とか)で結果が出るものですから、もし人間が農業に適応していたら、そこに快楽を発生させる本能が備わっているはずなんですよ。あと、農業は不確実性が低い。少なくとも、狩猟よりは低い。こういうものを、人間は面白いと感じない。
 
まぁ、中には、田舎で静かな変わらない生活をしたいとか、のんびりと野菜を育てて暮らしたいとか、で、ギャンブルには一切、興味が無いしスポーツも観ない、という人もいますから、そういう人は、農業時代に適応した新人類なのかもしれませんね。コツコツ働いて、予定通りの結果が出ることに快楽を感じるタイプ。まぁ、狩猟採取時代にも、村に残って、そういう、こまごました仕事をしていた人はいるはずだから、農業時代の新人類というよりは、単に、そういう役割の人なのかもしれませんが。
 
さて。ギャンブルの話に戻って。ギャンブルの根本が狩猟採取だとすると、現代社会のギャンブルは、どれも完璧ではありません。形態としては、狩猟や釣りというのは一番近いのですが、現代の狩猟や釣りは、報酬が低い。釣りなんて、魚屋で買った方が絶対に安いわけですから。行動としては似通っているんだけど、報酬が低すぎる。もし、イノシシ一頭に100万円の価値があるなら、これはもう、素晴らしい「ギャンブル」でしょうけどね。ホルモン出まくりだと思いますよ。
 
一方、普通のギャンブル。これは、報酬の価値としては高いから本来の形態に近いのだけど(狩猟採取時代に、大きな獲物をとったら1ヶ月ぐらい集落の皆が食えるということは、価値換算すると、数百万円の価値はあるということ)。万馬券を当てて数百万円ゲットの時の快楽は、古代の、獲物をとった時の快楽に近いとは思いますが。何せ、人任せなのでね。自分で動かないのでね。そこがイマイチだよね。宝くじにしろ、カジノにしろ、競馬にしろ、受動的な形態だから、そこまで興奮しないんじゃないのかな。
 
スポーツ。観るのも面白いですが、やるのも面白いですよね。観る側も、ある程度は、プレイヤーと自己を同一視していますから、気持ち的には「やっている」のです。そもそも、スポーツをやるのなんて、怪我はするし、疲れるし、普通に考えれば良いことなんて一つもないんだけど、嬉々としてやるんだから、それぐらい「面白い」のです。これは、狩猟や釣りと同じく、体を動かして、不確定要素のある「勝利」を得るという、古代の狩猟のコピーのようなものです。
 
となると、最高に面白いのは、スポーツをしつつ、そこに何百万円ぐらいの報酬があるということだよね。プロスポーツ選手じゃん、それって。ヒットを一本打てば、何十万円かの報酬に、なるわけだし。そりゃ、人気の職業になるわけですよ。で、プロスポーツ選手が引退後に、ギャンブルにハマったり、投資で損をしたりするのも、納得ですよ。もともと、そういう快楽報酬系の働きが強い人なんですから、そういうのにハマりやすいんです。
 
ですので、ね。ギャンブル依存症の人とか、狩猟させたらどうですか。田舎で。パチンコよりは還元率が良いんじゃないの。体を動かすから健康的だし。プロスポーツ選手も、引退後はどうですか、田舎で猟師。もしくは海で漁師、カツオ漁船に乗るとか。きっと成功すると思いますよ。体が弱かったら、デイトレーダーとかもいいね。脳味噌的には、同じことをやっているはずなのでね。そんなとこ。寒いねー。風邪、引かないようにね。また明日。チャオ!
 
──【おまけのはなし】────────
 
昨日は、先日のクリスマスパーティーで設置した杉の木を片付け。さくっと、その辺の杉を切ってきてクリスマスツリーにしましたが、なかなか映えるものだね。モミの木なんて、ここらは生えていないからね。
 
──★バックナンバーはこちらから───
       Twitter @kato_nodoka
       Instagram katonodoka
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━