和噺

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四十にして惑わずの噺

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        和噺   
                         R1/12/21
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おはようございます。僕です。「役に立つ古典」(沢田登著)って本を読んでいたら、面白い話があったので、ご紹介。古事記の話をしていたんですが、その当時の日本には「死」の概念が無かった、という話が出てきたんです。
 
そもそも、漢字には「音読み」と「訓読み」がありますが、音読みは中国語の発音、訓読みは日本語の発音ですね。で、ある事象に対して、中国語と日本語で表現している音が違うから、音読みと訓読みという二つの読み方が出てくるわけです。地面から生えるもしゃもしゃした緑色のものを、日本では「くさ」と言い、中国では「草(ソウ)」と言っていた。で、日本語には文字が無かったから、草という漢字を輸入した時に、こいつは日本語でいえば「くさ」やな、と。だから「草」で「くさ」と読むようにしたわけです。
 
つまり、訓読みがあるということは、日本にも、その概念があったということです。人が集まって暮らしている場所は、日本語では「むら」、中国語では「村(ソン)」。ワンワンと鳴く人懐こい哺乳類は、日本語では「いぬ」、中国語では「犬(ケン)」と言っていた。だから、音読みと訓読みという、二つの読み方があるわけです。
 
だけど、「死」という漢字には、それに当たる日本語が無いんですね。「病」だったら、「やまい」という言葉があるんですが、死は無い。例えば「愛」も、訓読みは無いんですよ。「愛」という概念は、日本語には無かったんですよ。じゃあ、なんて言うかっていうと「すき」ですよね。博多弁の女の子が告白してくる時に「すいとーよ」とか言う、ってのは、僕は言われたことは無いですが知識としては知ってはいるんですが、そういうことですよ。
 
方言ってのは、口語ですから、まさに生きた日本語ですから、「愛してる」なんて方言は無いんですよ。「すいとーよ」になるわけです。話が博多の美少女につられて逸れてしまいましたが、で、「死」も日本語には無い概念。口語では「なくなった」とか言いますけどね、死んだことを。
 
一応、死の訓読みは「死ぬ」であるらしいんだけど、それは日本語の「しおれる」みたいな「しぬ」を当てているらしい。草がしぬ、しおしおっとなって枯れる状態ですね、あれが、日本語として「しぬ」らしい。どうもピンとこないけど、そうらしい。たぶん、古事記の時代に、漢字の「死」の音が「シ」であるから、それと似た音で、ある程度遠からずの意味の「しぬ」を当てたのかな、と思いますが。
 
そもそも、日本語、というか二千年ぐらい前までの日本文化には「死」の概念が無かったんですよ。少なくとも、死んだらもう生き返らないとか、二度と会えないとか、そういう概念は無かった。思えば、自然界って、例えば昆虫のトンボは、冬には「なくなる」けど、また夏には「あらわれる」。大体、どんなものも、なくなっても二度と会えない、現れない、というものではなく、そのうち再び現れるものであり、おそらく、人間がなくなるというのも、そういうことに含まれた概念だったのでしょう。
 
その辺の文化がいまだにあるのが「お盆」でして、なくなった人が、お盆にはやってくる。二度と会えないわけじゃなく、この場にいないというだけで、どこかにいる、という考えなんですね。断絶された「死」という世界があるのではなく、全てはめぐりめぐるみたいな考え。こういう考えの良いところは、死が怖くなくなるってことですよね。死んだって、どうせ生き返るんだから、みたいな。寝たって起きるし、と同じ感じ。
 
死というのは、そりゃかなり大きな問題ですから、各文化で、それをどう消化するかっていうのは、それぞれの方法があるわけです。「あ、死んだね」みたいに、フランクに受け止められるように、人間は、出来ていない。これも、社会的動物だからでしょうね。社会的ということは、誰か他人が、自分の一部でもあるということですから。遺された者にとっては、生きながら死ぬみたいなものですから。だから、死は辛いんですよ。
 
象が仲間の死を悲しんでいるという話もありますが、あれも、群れを作る社会的動物だからですよ。前も言いましたが、感情とは共同体のためにあります。悲しいという感情も、共同体のためにある。社会的なつながりが無い動物なら、悲しくもないし、死も怖くないでしょうね。犬は死ぬのが怖いでしょうけど、猫は怖くないと思いますよ、トンボは全然怖くないんじゃないの、嫌ではあるだろうけど。
 
で、そういう「死」、いや、ここで死と言っちゃうとこんがらがるな、人間の心肺機能が停止して動かなくなる状態のことね、その状態に、いずれ、人間はなる。これを、どう解釈するか。つまり、中国から「死」という概念が入ってくる前と後で、その解釈に大きな違いがあるだろうということなんですよ。いや、実際、いまだに「違い」は、あると思うけどね。日本の死生観と、中国の死生観は、違うと思いますから。
 
日本人の死生観も当然、中国や、そして欧米文化の影響を受けて、縄文時代の日本人が感じていた死生観とは違ってきているわけですが。でもやっぱりベースには、人は生まれ変わる、生き続ける、という死生観、そこには死ではなく、ただ「なくなった」、この世界からはなくなったけど、どこかにあるよ、また現れるかもしれないよ、そういう死生観がいきづいている気がします。訓読みが無いってことで、そういう文化の推測ができますよ、って話です。
 
しかし、その本でいろいろ感銘を受けたんだけど、「漢字」が入ることによって、後世の我々がいろいろ惑わされていることがあるな、と。伝言ゲームみたいに、最初とかなり違うメッセージになってるものもあるな、と。
 
もう一つの例を。孔子の「論語」。中でも有名な「四十にして惑わず」。この言葉も、元々の形は違ったんじゃないか、って話。そもそも「論語」って孔子が書いたものじゃなくって、孔子の死後、弟子たちが「そういや先生、こんなこと言ってたよね」的に、まとめたやつなんですよ。だから、孔子論語を書いていない。で、問題は、孔子が生きていた時代に「惑」という漢字が無かったんですって。
 
そもそも「心」という漢字が無かった。「或」は、あったんですよ。上の部分。だから、ひょっとして、孔子が言ったのは「我、四十にして或わず」だったんじゃなかろうか、と。それが後世、バカが間違えて「惑わず」にしたんじゃねーの、と予想しているんです(僕じゃなくて、最初に紹介した本の人が、ね)。
 
じゃあ「或わず」って何よ、と。「或」の意味って、「区分する」みたいな意味なんですって。土地を区切れば「域」。区切って囲われた土地は「國(くに)」。だから、孔子が言ってたのは「四十にして区切らず」ってことになる。つまり、四十にもなると、まぁ自分の生き方とか可能性とかも見えてきちゃって、俺ってこんなもんだよねと、冒険もしなくなるし、新しいことに手を出さなくなるけど、そりゃいかんよ、四十でもむしろ区切らず、いろんなことしようよ的な、そういう意味。
 
そしたら、意味、繋がるんですよ。普通に言われているのは、十五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、でしょ。これだと、惑わずと、天命を知るが、ほぼ同じ意味でしょ。惑ってない時点で、天命、知ってるんじゃねぇの、って思っちゃうんですけど。これが、四十にして区分せず、五十にして天命を知るなら、分かる。
 
十五で、よっしゃそろそろ勉強すっか、って思って、三十で、ま、いつまでも学生気分じゃいかんから自立すっかって思って、四十になったけど、まだまだいろんなことにチャレンジするよ!って思って、五十でやっと、そろそろ俺のやるべきことは、これだよね、って思った、ってことでしょ。孔子先生、ずいぶんのんびり屋さんですが。それなら意味、繋がりますよ。四十で、まだウロウロしてますよ。むしろ、ウロウロせい、的な勢いですよ。
 
ってことで皆さん、四十で、俺の人生こんなもんかなんて思ってたら、孔子先生にしばかれますよ。区切ってんじゃねーよ、って。いろいろやってみろよ、って。てか、現代日本だったら、四十どころか、二十歳そこそこで、そんなこと思っている人もいるもんね。人生長いんだから、のんびり行こうよ、ってことですよ。どうせ死んでも生まれ変わるから大丈夫。心配すんな。また明日。チャオ!
 
──【おまけのはなし】────────
 
風邪はなんとか治った感じだけど、今朝は子供の付き合いでボルダリング。病み上がりのボルダリング。熱は出ていないんだけど、変な冷や汗をかく。風邪の翌日にボルダリングをするべきではないと、学ぶ。
 
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