和噺

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お手伝いさんの噺

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        和噺   
                         R1/12/04
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おはようございます。僕です。寒くなりそうで寒くならない、でもちょっと寒い。ラー油のような霜月初旬。まぁ、こういう時候の挨拶というのも、人間のコミュニケーションには意味あるものだと思って、ときどき、こんな話題から話を始めるのです。
 
本題だけズバッと言えばいいやん、というデジタルな感じに、人間はならないんですよ。無駄話をすることで、共存するのです。世間話は必要です。原始社会だと、知らぬ村からやってきたお客さんが延々と話続ける、というのは、結構な例があります。何時間も、一晩中でも、どうでもいい話をするんですよ。俺のおばさんの結婚相手の妹が、川で大きな亀を見つけて・・・みたいな。それを、迎い入れる側も、じっと聞いている。
 
そういう、共に過ごす時間の中で、互いの信頼性が増してきて、ああ、あいつだったら大丈夫だなとか、そういう風になっていくんです。人間って面倒くさいもので、こいつはフェイスブックですごく友達がいるからとか、ツイッターのフォロワーが多いからとか、そういう理性で考えたことよりも、単純に長い時間を過ごしている人が信頼できる、っていうところがあると思うんですよ。
 
人間という面倒くさい社会性を有した生き物が、どうしたら最も幸福に生きられるか問題が、全ての問題の根源。まぁ、僕が「寒くなりましたね」から文章を始めるのも、そういうことです。共に時間を過ごすという目的なんですよ。あとは、何を書こうか迷っているから、時候の挨拶から始めるということもありますが。
 
昨日の「おまけの話」で書いたけど、あれ、昨日だっけ、一昨日だっけ、まぁいいや。空き家を買っているんですよ。で、リノベして移住者を迎え入れたいと、そんな普通の仕事ぽいことをしています。僕は大きな流れとしては、今後、都会から田舎へという流れは拡大していくと思っているので、今、全く見向きもされない、底値の(と僕は思っている)土地や家屋を買い集めたいな、という感じです。
 
なぜ、人が田舎に来ると思うのか。一番は、環境ですよね。綺麗な空気と水。これは、どうひっくり返っても、都会では得られないものですから。最後に大切になるのは、健康ですよ。いくら都会は華やかで、面白くて、刺激的で、お金が稼ぎやすくても、健康あっての物種、ということですよ。そして、リモートワークがやりやすくなって、一般的になってきたら、健康問題で田舎に来る人は増えるだろうという、そんな目論見です。
 
っていう話をしようと思いつつ、今、香港ガールに電子レンジの掃除をしてもらっているんですが。雑談していた中で、面白い話を聞いたから、それ書きますわ。方向転換。
 
香港で女の人が、子供を産んだら、そこで退職してしまうのか、と聞いたのですよ。日本だと、女の人が妊娠出産すると言ったら、2、3年は復職できず、そりゃもう会社に居場所ありませんわ、みたいなの普通じゃないですか。で、香港はどうなのよ、って聞いたんですよ。そしたら、香港の人は、仕事のキャリアがすごく大切だから、出産しても数ヶ月で戻る、と言うんです。
 
え、じゃあ誰が赤ちゃんの面倒を見るの、と。そしたら、お手伝いさんだ、と言うんです。フィリピンとかインドネシアから来たお手伝いさんが住み込みでいて、その人が赤ちゃんを育てる、と。同居して、月給は7万円ぐらいだって。それが普通で、お金持ちの家じゃなくても、お手伝いさんは普通にいる、とのこと。
 
まじか面白いなそれ、ってんで掘り下げて聞いたら、そのお手伝いさんたちは、二十代後半とか、三十歳ぐらいで香港にやってきて、本国に家族がいる。今いる香港ガールの実家のお手伝いさんは、本国に旦那と息子を残して、単身、香港に出稼ぎに来ている。もちろん香港だけじゃなくて、シンガポールとか、ドバイなんかも、人気の派遣先らしいですが。で、2年に1回ぐらいしか帰れない。そして、五十歳や六十歳ぐらいになるまで、ずっと香港にいるんですって。
 
赤ちゃんは、普通、お手伝いさんと一緒に寝るんですって。すごくね? お母さんが、赤ちゃんと一緒に寝る人もいるけど、あんまり多くないって。もう育児もアウトソーシングしているんだね。じゃあフィリピン本国の息子は誰が育てているのか、ちょっと疑問ですが。
 
もちろん、それに付随する社会問題も、たくさん出てきているそうです。差別、セクハラ、そんなのは当然のようにある。差別、というほどじゃなくても、例えば子供の誕生日会の時に、お手伝いさんは「お前は家族じゃないから」とハブられるのは普通、とか。うわー、日本人的感覚で言えば悲しす、なんですが、欧米的だね、その辺は。
 
江戸時代に日本にやってきた外国人の手記を読むと、外国人が驚いたことの中に、日本人の女中(お手伝いさん)が、家族の一員のように迎えられているとか、主人に口出しをすることもあるとか、そういうことが驚くべきこととして書かれているんですよ。欧米文化の場合、主人と使用人の間の線引きが、ものすごくあるんですよね。日本人の価値観では、平たく言えば「みんないっしょ」なのです。でもこれって、世界的に見れば、かなり珍しい価値観です。
 
僕は、日本の場合は、香港やシンガポールやドバイのように、物価の安い異国からの労働者を入れる、という方向には進まないほうがいいと思います。日本人の価値観として、「人間を使う」ことに慣れていないから。「みんないっしょ」に、日本人は幸福感を感じるから。だから、日本の女中システムの方が、うまく回ると思います。同じ日本人同士で、ね。書生や女中の制度。若くて地方から出てきた学生に、生活の面倒を見るから、家事を手伝ってよ、とか。
 
どっかでバイトするより良くね?とも思います。また、外で働くのは苦手でも、家事や育児なら得意、という人もいるでしょう。そういう人に、住み込みで働いていただく。毎度言うように、僕は、大家族こそが幸福であると思っているので、そういう未来に向けたルートの一つ、ということですが。あと、単身育児は不可能に近いから。大きな家で、バリバリ働く夫婦と、子供と、住み込みのお手伝いさん(ベビーシッター)。お手伝いさんは、若い人でもいいし、また、主婦で子供を育て上げた人が請け負ってもいいし。
 
家事代行と何が違うねん、と思うかもしれませんが、違うんですよ。これは家族の一員、というイメージだから。人間的な、幸福なつながりが生まれるだろうなと思う。いや、僕も欲しいわ。お手伝いさん欲しいわ。イメージで言えば、美味しんぼの中川が欲しい。前も言いましたけどね。求む、中川。求む、おチヨ。
 
なんだろうね、少人数で生きるのは大変だからと、そこをデジタルにアウトソーシングしても、そこに精神的な充足が生まれないだろうと思うんですよ。人はパンのみでは生きられない、ってこと。難しいことじゃないんですけどね。少しの優しさ、少しの愛。そんなことで、世界はうまく回ると思うんだけどね。また明日。チャオ!
 
──【おまけのはなし】────────
 
今日は午後に、マウンテンバイクコースを作る下見に行ってきます。田舎の観光資源の一つとして。マウンテンバイクのコースなんて、細くていいんでしょう。ユンボとチェーンソーで、1日100メートルぐらい、楽勝で作れそうじゃない? この町は、夏はカヌーとかラフティングがあるんだけど、冬は無いからね。ちょっとしたコンテンツになるといいよね、という感じ。
 
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