和噺

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敗者の噺

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        和噺   
                         R1/11/20
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小沢健二さんが何日か前にしていたツイートで、こんなのがありました。
 
“失敗図鑑”という、歴史上の失敗を集めた本がある。日本人が書いた、とても日本っぽい本と思う。米国では、”私はこうして成功した”的な「成功の本」が売れる。しかし日本の僕らは、失敗に惹かれる。成功した源頼朝よりも、失敗した牛若丸、義経が好き。失敗した織田信長も、失敗した新選組も、大好き。
 
というやつ。で、今日は「なぜ日本人は失敗(敗者)が好きなのか」ということを語ります。おはようございます。僕です。今日は午後から神社のお祭りです。愛宕様、という神事です。どんな意味かは知りません。
 
で。判官贔屓、という言葉があります。甲子園とかで、負けている方を応援するのは、判官贔屓。判官とは、源義経のこと。理屈抜きで負けている方を応援したくなるのが、判官贔屓です。ちなみに、僕の祖母は甲子園を見るとき、常に判官贔屓なので、応援しているチームは逆転サヨナラホームランでも打たない限り、必ず負けますが。まぁ、負けた人、悲劇のヒーロー、義経、信長、新撰組坂本龍馬、とかね。日本人、大好き。一方で、頼朝、徳川家康岩崎弥太郎とか、好きじゃない。成功者が嫌い。
 
なんでか。日本が、敗者の国だからだと、僕は思っています。日本って世界的に見れば、辺境の地ですよ。中国という、どでかい文明中心地があって、そこでの戦乱や抗争で負けた人たちが、逃げ延びて来た場所が島国日本、だと僕は思っています。たぶんそうです。成り立ちからして、我々は敗者の子孫なんですよ。
 
どうして、その国が成り立ったのか。その経緯というのは、不思議と、民族の記憶になるんですよ。アメリカは、もともと住んでいたインディアンを殺害し、そこを新たなフロンティアと称し、建国した歴史があります。そもそもが殺戮、戦争の上に成り立っていて、それがアイデンティティになっている感じがある。勝たなきゃ意味がない、冒険しなきゃ意味がない、そういうマッチョイズムがありますね。
 
中国は、ずっと文明の中心だったし、我こそが文明である、中華(世界の中心)である、みたいな思想かな。ヨーロッパだと、もともとあった多神教文化に、キリスト教という邪教(中東の宗教)を押し付けられて、アイデンティティが不安定なイメージ。不安定だからこそ、思想を押し付ける。いじめられっ子が、いじめっ子に転換する感じ。と、そんな感じで、文化って成り立ちのトラウマ的なものを数百年、千年単位で継続しているものだと思います。
 
で、日本。誰も好き好んで、こんな遠くの島国まで来たいとか思わないですよ。海を渡るの、大変だし。常夏の楽園、ってわけでもないし。地震も火山も台風もあるし。インドや中国南部、東南アジアあたりで住み着いた方が、ずっと良いはずです。なのに、なんで日本まで来たのか。追い出されたんじゃないですか。負けて、逃げ延びて、そんな人たちが行き着いた先の島国が、日本だと思います。
 
で、この先は、無いですから。ハワイ、遠いですから。ユーラシア大陸の終着点なんですよね。負けて逃げ延びた、いろんな民族の敗者が、まぁうちら負けたもん同士だし、もう戦争とか嫌だし、この島国で仲良く暮らそうや、みたいなのが、日本の原点だと思うんですよ。
 
だから勝者が嫌いなんです。敗者が好きなんです。自分と同じだから。出る杭が打たれるのも、勝者が嫌いっていうのが、根本にあるんじゃないのかな。アンチ巨人も多いし。天皇陛下が歴史上、実権を持っていなかったというのも、なんとなく敗者の価値観ぽいですよね。
 
こういう価値観は、世界的には珍しいと思います。なぜなら、世界のほとんど、少なくとも現在、先進国となっている文化のほとんどは、勝者の文化だと思うから。戦いの中で生き残ってきた歴史があり、当然、それを肯定します。勝つのは善であり、負けるのは悪である。当たり前ですよね、そういう歴史を背負っているのだから。で、歴史の中で負けた民族・文化は、普通は消滅するので、現代まで生き延びられなかったのです。
 
日本はラッキーにも、地理的に良い位置にあった。いい感じに、海で隔てられている。負けた上で、生き残れた。モンゴルが攻めてきた時も、神風(台風)が吹いて助かった。敗者の価値観、勝つことが全てではない、試合に負けて勝負に勝った、武士は食わねど高楊枝、とか、いろいろな言葉がありますが、とにかく、「勝ちが全てじゃないよ」とかいう、世界的に見れば、非常にぬるい、甘っちょろい、青臭い価値観を、地の利によって成熟させることが出来たんです。
 
これが、地の利が無い土地の民族であれば、とにかく死に物狂いで生き延びねばならないですから。そういうところでは、嘘をついてもいい、騙してもいい、とにかく勝って生き延びるために手段を問わない、みたいな価値観になると思います。韓国がそうだ、と特定に言いたいわけじゃないけど分かりやすいから言いますが、朝鮮半島は日本と比べれば、地の利が悪いです。だから、生き延びるのが、文化を保持するのが大変だったことでしょう。ですから、より、必死感が溢れる文化、価値観が形成されます。
 
日本と韓国が合わないのは、そりゃそうでしょうね。人間に例えれば、虐待家庭で育ったハングリー精神あふれる人と、田舎で家族仲良く静かに暮らしてきた人の性格が、全く違うものになる、みたいなことです。話が合わないのも、そりゃそうですよね。価値観も違う。当然、狭い地球の話ですから、その上で仲良くするのは必要ですけれども、文化や価値観ってのは、どっちが正しいとかじゃなくて、そういう違いがあって、その違いってのは地理的要因で起こるものですよ、ということです。
 
話、飛ばしますね。いとうせいこうさんの、国境なき医師団の話で読んだんだけど。国境なき医師団って、いろんな人種の人が、入り乱れてグループを作り、ミッションを成し遂げようと頑張るわけですよ。ちなみに、医者や看護師だけじゃなくて、土木作業とか、ドライバーとかも必要になるので、興味ある人は入ったらいいですよ。俺はノーベル平和賞受賞者、って言えますよ(団体受賞しているからね)。
 
ま、それはそれとして、そういう国際的なグループの中で、日本人の役割、っていうのがあるんですって。それは、仲良くさせること。日本人以外の人って、よく喧嘩するんですって。中国人とアメリカ人、とか、ドイツ人とロシア人、とか、まぁ皆さん、喧嘩っ早いんですって。だけど、そこに日本人がいると「ま、ま、同じ仲間だから、仲良くしましょうよ」って、仲を取り持つんだって。
 
我々、日本人にしたら「当たり前やん」って思うでしょう。喧嘩していたら、止めるでしょう。でもこれ、世界的に見れば、全然普通じゃないですからね。特に考えもなく、どっちかの味方をするとか、第三の勢力として喧嘩に参加するとか、我関せずでスマホをいじるとか、そういう方が「普通」ですからね。別に自分が関係している話でもないのに、喧嘩をしている人がいたら「ま、仲良くしましょうよ」みたいに言う人って、日本人だけ、みたいな話。を、いとうせいこうさんが書いていた。気がする。今日この頃。
 
こういう日本人の性格の根本にあるのが、敗者が集まって、この島国で仲良くやっていきましょうや、という歴史だと思うんです。そこには、中国で負けてきた人もいたでしょう。朝鮮半島で負けた人も、もっと言えば、ペルシャあたりで負けて、延々とシルクロードを通ってきた一族とかも、いたと思います。そういう人たちは、負ける辛さを嫌という程、味わっているし、せめてこの島国の中では、みんな仲良く生きようよ、という価値観になったんじゃないのかな。和をもって尊しとなす、です。
 
で。そういう価値観の日本文化は、今後、世界で重要なポジションにつくと思うし、つかなきゃいけない、世界平和のために。いわば、中国とアメリカが喧嘩しているときに「ま、ま、お互い言うことはもっともでございますけれども、狭い地球、ここはひとつ仲良く」みたいに言えるのって日本が一番良いし、世界のためにそういう立場につかなきゃいけないし、日本人の感覚としても、それが真っ当なんですよ。
 
前にも話したけど、だからこそ、僕は日本は「普通の」、軍隊を持って核武装するような、普通の国になるのではなく、憲法で軍隊を持たないと明記しているような、ある意味、ぶっ飛んだ国になるべきだと思うんですよ。狭い地球、皆が勝者になることはできないし、勝者を決めることも出来ない。戦いの、勝利の文化に、平和な未来は無い。敗者の価値観を持った、甘っちょろい、平和ボケの価値観で、キラキラしたお目目でバカみたいな理想論を振りまくことこそ、日本の位置じゃないの、と思う。
 
でも、実際問題、これをストレートにやったら、いかんのですよ。本当に心が綺麗な人が、綺麗なお目目で、そういう謳い文句を言っては、いかんのです。ただの人の良いバカです。そうじゃなくて、国際的な位置どりとかを冷静に判断した上で、つまり、ずる賢い人が全てを分かった上で、キラキラしたお目目を演じましょう、ということです。超、うまく立ち回らないといけない。腹黒く、人の良いバカを演じる。それが日本の生きる道、と思う。
 
日本が有利なのは、そういう位置に立つことについて、国民理解が絶対にある、ということ。世界一を目指さない、平和のための調停役になる、とか、日本人は反対しない。むしろ、そりゃええやん、って思う。同じことをアメリカがしようと思っても、国民が反対するでしょうし、中国もやらないでしょう。
 
科学技術が未発達で、地球上にフロンティアがいっぱいあった時代は「勝者の文化」で、世界はうまいこと回ったんです。でも今、科学技術が発展し、人類は100億に遠からず届く。そんな狭い地球の中で、平和に共存するために必要なのは、敗者が仲良く共存する、日本の文化です。それを、うまいこと、世界に広げたいよね。そう思う。また明日。チャオ!
 
──【おまけのはなし】────────
 
結構、マジな話で、誰かうちの集落に「大工」として移住したい人、いませんかね。今、うちの集落に大工がいないんですよ。大工って、集落に一人はいて欲しいので。のんびりと田舎暮らししたい大工さん、いたら、移住の世話しますよ。カモン!
 
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