和噺

まぐまぐで配信中のメルマガ「和噺」の過去ログです

動物愛護の噺

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        和噺   
                         R1/11/18
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昨日のメルマガの日付が間違っていましたね。すいません。おはようございます。僕です。雨ですが、なんか変に生暖かい空気ですね。南風が吹いています。今朝、犬小屋を見たら、仔猫が犬と一緒に寝ているというフォトジェニックな光景を目にしました。撮ってインスタ!とか思ったんですが、近づくと犬が寄って来ちゃう(仔猫と離れちゃう)し、かといって遠くからだと拡大してもピンボケみたいな写真になる。動物写真、難しい。
 
動物の話をしましょう。僕、動物、嫌いです。でも、自然保護活動の団体に所属して、動物保護の活動をしています。
 
まず、なぜ動物が嫌いか。そもそも僕は東京生まれ東京育ちですので、動物を飼った経験は無いのですよ。金魚オンリー。猫も犬も、飼ったこと無いし、飼いたいと思ったこともない。動物を飼い始めたのは、田舎に来てからです。
 
最初に買ったのは、羊です。まぁ、この時点で頭おかしいですが。なぜ羊を飼おうと思ったかというと、増やしたいなと思ったからです。果樹園の下草を羊が食べていて、果物がたわわに実っているという光景を実現したいなと思ったからです。ま、挫折しましたけどね。なぜなら、日本(四国)は羊にとって、雨が多すぎて、気温が高すぎるから、飼育に向いていない、ってことが分かったからです。
 
で、その後、ヤギ、猫、犬と続いていくわけです。猫は、必要に迫られて、ですね。家を建てた当初、ネズミが家に住み着いたんですよ。山にいた野ネズミが、勝手に住み始めたのです。で、天井裏とかを走り回る。その対策として猫を飼って、ネズミは一掃されました。ということで、あれはルンバみたいなものです。ネズミ・虫・蛇などの屋外ルンバだと思っています。猫ルンバ。
 
犬は、番犬のつもりで飼い始めたんです。効果は、あると思いますよ。泥棒対策じゃなく、動物対策ね。畑を荒らすイノシシとか、ニワトリを食べに来るキツネとか、そういうのを追い払うための犬です。夜、山に向かってワンワン吠えまくっているので、何かを追っ払っているのでしょうね。
 
ヤギは、草刈りの役に立つと思って飼ったのですけど、それは全く役に立たなかった。だけど、観光資源の役には立っていますね。うちに来る人も「わー、ヤギがいる!」みたいにテンションアゲアゲになりますからね。飼って良かったと思っています。
 
という感じで、そもそも動物は好きでも嫌いでもなかったんですよ。で、必要に迫られてというか、道具として動物を飼い始めたんですけれども。まぁ、飼ってみた結果。嫌いだな、と。話は通じないし、うんこはそこらへんでするし。あと、虫がたかっているし。毛が飛び散るし。ま、猫が一番、ましかな。うんこを埋めるから。単純に好き嫌いの問題としては、動物は嫌いですね。飼ってみて初めて分かったことです。
 
でも、自然保護も必要だと思っているし、四国のクマを守る活動もしています。なぜなら、人間のために必要だと思っているからです。
 
自然保護や生物多様性の保護というのは、動物のためというより、人間のために必要なんですよ。今、1年で何種類の動植物が絶滅している、みたいなデータとか、あるでしょ。失われた遺伝子は、二度と戻らない。そして、人間はそれを生み出すこともできない。もしかしたら、人知れず絶滅したキノコの中には、人間の寿命を300歳にする何かを保持していたものがあるかも知れないのに、それが失われてしまう。
 
現時点ではそれを解明して利用する手法がなくとも、人類の未来のために、できるだけの情報を残しておくべき。だから自然保護は必要なんです。
 
そして、自然界というのは絡み合ったバランスの上でうまいこと成り立っているものです。たぶん。その、何かのキノコが無くなったら、そのキノコの傘の裏に卵を産んでいたナメクジがいなくなり、そのナメクジを主食にしていたカエルがいなくなり、みたいなことが起こっているんですよ。たぶん。で、その辺は実際問題、調べようが無い。だから、丸ごと保存、みたいなのが現実的な解決策だと思うんです。
 
で、四国の場合でいえば、クマは生態系の頂点にいますから、クマを保全するということは、クマが生息できる森を保全するということであり、それは、無数の昆虫や植物の保全をするということでもある、という意味で、クマを保全しなければならないよね、と思います。ま、看板ですわ。個人的には、クマとか別に可愛いとも思わないし、見たくもないですよ。怖いじゃん。だけど、いなきゃいけないと思うから、保護しようと思う。
 
もし人間の技術が発展して、人工物に囲まれた都市のみの生活で、どこからか水や食料も供給されて、自然界と隔絶された状態で精神的にも平和に暮らしていけるのであれば、別に自然保護も必要ないんじゃないの、とは思いますが。そんなことは、あり得ない訳で。だって人間は、生き物ですから。猿の仲間ですから。思いっきり、自然の一部ですから。植物とか動物とか食べる、雑食性の社会的構造を有する霊長類ですから。自然と切り離して生きていけないから、自然を守らなきゃいけないんですよ。
 
どっかの孤島に置き去りにされたヤギがいたとして。そのヤギが、まぁ食いたいだけ草木を食って、子ヤギを産んで、そのうち島はハゲ山になって、ヤギも食べるものが無くなって死に絶えてしまった。という寓話。今、僕が作りましたが。そういう感じですよ、地球の人間。だけど、孤島のヤギと違って、やべえなという自制心を働かせることは出来るだろうから、そうしようよ、という話です。
 
だから、自然保護活動にも参加しているんですが。個人的に嫌なのは、動物は天使!的な思考の人が多いんですよね。付き合いづらい。クマは本当は優しいんです、みたいな。いや、優しいとか厳しいはこっちの主観だし、少なくとも、動物ってのは人間とは違う価値観で生きているだろうから、あまり擬人化しないほうが良いと思うんですけどね。ま、呉越同舟ですわ。呉越どころか、一人だけイスラム教徒が船に乗り込んでいる感じだと思いますが。
 
クマが人を襲ったりすると、クマなんかみんな撃ち殺してしまえ、みたいなことを思う人もいるでしょうが。短絡的すぎますよ。そりゃ事故も起こるだろうけど、クマとかイノシシが生息する森があることで、そこの生態系がバランスよく保たれていて、保水力も高く、洪水が起こりにくく、いろんな植物や昆虫も保全できる、みたいな副次作用がすごくあるわけです。直接、クマが人命救助しているわけじゃないから、分かりにくいんだけど、そういう働きは確かにある。
 
で、直接的な被害と、間接的な利益との天秤にかけた時に、利益の方が高いだろうと思うから、保護が必要、という考えです。僕は。ただ、いろんな人が、直接的な利益・被害しか目にしない。話を飛ばせば、地方のローカルバスが赤字経営で破綻、みたいな話も、直接的な利益のみで採算をとれ、とかなるから、違うなと思います。バスがあることによる副次的な効果を考えないといけない。自然界のバランスのように、社会全体のバランスのために、バスは必要だろう、みたいな。そういう考え。
 
資本主義の枠組みで難しいなと思うのは、そういうところです。自然保護とか、赤字経営のバスとか、風が吹けば桶屋が儲かる的な、その効果が遠く遠くに及んでいるから計り知れないもの、そういうのは計らないですよね、経済では。でも確かに、そういう役割は世界に存在すると、僕は思っています。だから、四国にクマはいた方がいいし、赤字バスも運行していた方が良いと思うのです。でも動物は嫌いだけどね。臭いから。また明日。チャオ!
 
──【おまけのはなし】────────
 
忙しくって配信するのがこんな時間になりました。すいませんこ。昼飯も食い損ねたわ。2時ぐらいに、キャラメル5個食べた。お腹すいた。
 
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