和噺

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9条の噺

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        和噺   
                         R1/11/14
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マクラも何もなく始めますけど。何かを行うとき、それが正しいか、正しくないか、そういう判断は、どの程度の大きさに対して焦点を当てるかによって違ってきます。おはようございます。僕です。みなさん元気ですか。僕は元気です。
 
例えば、センシティブなテーマをいきなりぶっ込みますけれども、僕は憲法9条を変えることには反対です。と言うと、中国や北朝鮮が攻めてきたらどうすんねん、みたいな話になる。この左翼が何ぬかしとんねん、という話になる。
 
何が最適解になるかは、どこに焦点を当てるかによって変わってくる、という話です。9条の問題は、もし「日本」の利益だけを考えたら、アメリカの下で、最終的には核保有も目指して、中国や北朝鮮を牽制する、というのが最適解だと思います。だから改憲して、きちんと軍隊を持った「普通の国」としてやっていこう、ということになる。
 
でも、規模を拡大して「世界」を、世界全体でのバランスを見たときに、日本ほどの経済規模と人口がある、つまり、「大国」の中で、軍隊を保有しませんと明確に謳っているのは、日本だけなんですよ。この位置、超おいしいじゃん、と思う。現行憲法アメリカから押し付けられたものか、自分から作り出したものか、まぁその辺の問題は置いておいて、現状として、そういう法律があり、かつ、世界の中で一目を置かれる大国の一つである。
 
現在の世界、つまり核兵器をほとんどの大国が保有している状態。それで軍事的なバランスが取れているというのは、ありますが、健全なバランスではない。いずれ、というのは数十年ぐらいの単位の話ですが、世界は協力しあって、お互いに核兵器を削減していこうという方向になると思うし、そうしなきゃいけない。そのときに、音頭を取れる位置にあるのって、日本だけじゃないの?と思う。その、お題目として、憲法9条というのは形だけでも残しておくべきだよね、というのが、僕の意見。
 
ほとんどの問題は、何に焦点を当てるかによって最適解が変わってくるんですよ。「日本」の最適解を目指すのか、「世界」の最適解を目指すのか。また、「現在」の最適解を目指すのか、「数十年後」の最適解を目指すのか。「日本の現在」だったら、改憲が良い。「世界の未来」だったら、護憲が良い。
 
この辺が、議論をする場合に、それぞれの話し手で別々なことを思っていることもあるから、ちゃんと細かく、ゴールを設定しないといけない。「現状の日本の安全保障のための9条の議論」なのか、「50年後の日本が世界で確固たる位置を築くための9条の議論」なのかで、全然違ってくる。ゴールをきちんと設定した上で、そのゴールに至る道は何が最適かを議論するのが、正しい議論だと思います。
 
で、僕はそういう場合のゴール設定として、遠くの方が正しい方向になる、と思っています。自動車の運転と同じで、より遠くを見る方が正しく運転できると思います。といっても1万年後とかは意味ないので、100年後とか、50年後とか、それぐらいのゴールをまず見据える。そして、「世界の未来」ぐらいの大きさの規模で考えた方が良いんじゃないの、ってことですね。
 
次。小さな問題に行きます。例えば「会社」の最適解と、従業員「個人」の最適解は、違います。会社のためには、サービス残業して、休日出勤してというのがベストだけど、個人としてはベストじゃない。「会社」の最適解を目指して、タックスヘイブンとかで節税することは、「国」の最適解ではない。でも「世界」にとっては、国同士の経済格差の是正になるかもしれないし、良いことかもしれない。こういうのも、どこに焦点を合わせるかで、善悪の基準が違ってきます。
 
ただ、我々は普段、「国」の基準を重視します。なぜなら「国」は逮捕権を持っているからです。強いからです。僕ら個人は、国に勝てないのです。国が、お前を逮捕すると言えば、されてしまう弱い存在です。だから、国の基準、つまり法律を守りましょう、という話になるわけです。
 
なぜ人を殺してはいけないのか。それは、法律で禁止されているからです。なぜ法律を守らなければいけないのか。それは、法律を破ると逮捕されるからです。個人の生存においてマイナスになるからです。もし、あなたが警察よりも自衛隊よりも強いのならば、法律を守る必要なんか無いんですよ。デスノートを持っているとか、範馬勇次郎クラスの強さがあるなら、法律の枠外で生きられるということです。
 
その法律も、日本国内のみで通用するものですから、違う文化圏に行けば、違う法律があります。酒が禁止されていたり、でも大麻はOKだったりします。ところが変われば文化も変わる、法律も変わる、善悪の基準も変わる。正しいことなんて何一つ無いという、当たり前のことが分かります。
 
もし今現在、幸福でないのであれば、それは、自分の行動の「焦点」がずれているのです。「個人」に合っていない、もしくは、合っている割合が非常に低い。「学校」とか「会社」とか「国」とか、別のところに合っちゃっている。だから、それを相対化して考えることが、第一歩です。インドに行くと世界観が変わるってのは、そういうことです。日本と全然違う価値基準があるんだというのが体験として納得できるから、今までの価値観(日本の価値観)から自由になれるのです。
 
別に今の状態で幸せなら、満足しているのなら、何もしなくていいんですよ。だけど、そうじゃないなら、自分の価値観の焦点がどこに合っているのか、それを相対化して考えた方がいいよ、って話です。人はそれぞれ違いますから、みんなが満足する集団の規定なんていうものは存在しない。だから、多くの場合、多少なりとも齟齬があるんですが、その齟齬が少ない人、多い人、いろいろいる。少ない人なら、週末に酒でも飲んで解消できるんですが、多い人は、そうもいかない。
 
ならば、違うところに焦点を合わせれば、生きやすくなるんじゃないか、ということです。それは違う国の文化かもしれないし、サイズ感の問題かもしれない。会社のためより、日本のために、という方が合っているのならば、そういう生き方(公務員とか)をすればいい。個人のためを優先したければ、とりあえず儲かることをすればいい。そういうことですね。また明日。チャオ!
 
──【おまけのはなし】────────
 
フランス人が、wiiで遊ぶうちの子供のためにソフトを買ってきてくれたんだけど、まさかのwiiU。紛らわしいよねー。スプラトゥーンを買ってきてくれました。ブックオフで900円で。で、アマゾンで見てみたらwiiUの本体が4980円だったから(中古)、ま、いいかと思ってポチっちゃいましたよ。
 
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