和噺

まぐまぐで配信中のメルマガ「和噺」の過去ログです

ファーストペンギンの噺

南極の氷床からペンギンが海に次々と飛び込んでゆく、自然番組でお馴染みの映像。最初に飛び込むペンギンを「ファーストペンギン」といって、これは昨今のビジネス用語として定着しています。
 
どういう意味かというと、最初に飛び込むペンギンは、危険もあるけれど得るものも多い。もしかしたらシャチとかに食べられちゃうかもしれない。でも、もしかしたら魚の群れに出会うかもしれない。運が良ければ、他のペンギンよりも多くの魚を得られる。ということから、リスクを恐れずに挑戦する起業家とかを「ファーストペンギン」と例えます。
 
なんか実際は、他のペンギンに押し出されて、ぼちゃんと海に落ちるやつが「ファーストペンギン」で、たまにシャチとかに食われると、他のペンギンは「ああ、シャチいたわー。危なかったわー。」とかいって帰っていく、みたいな話も聞きますが。多分、そうでしょうね。「働き者のアリさん」みたいなもので、勇気あるファーストペンギンというのは人間が作り上げた物語でしょう。
 
AKB48にも、そんな曲があったなと思ってググってみたら、あれは『ファーストラビット』でした。でも内容は、ファーストペンギン的なやつです。穴に最初に飛び込め、みたいな歌詞ね。
 
さて。実際のペンギンはともかく、人間の経済活動における「ファーストペンギン」が、現代社会で成功しやすいというのは分かります。でも、実際にチャレンジする人は少ない。怖いからですね。ではなぜ怖いのか。この根本には、毎度ここで書く「原始社会と現代社会のずれ」があります。
 
以前の繰り返しになるけど、人間のDNAっていうか脳味噌は、人間がまだ狩猟採取の原始社会に生きていると思っている。脳味噌は数万年、アップデートされていない。1万年の歴史がある「農業」にも対応していないバージョン1.0のままなんですよ。「釣り」や「山菜採り」ほどの喜びを、我々は「田植え」や「種まき」には見出せません。農業に対応した脳味噌なら「種まき」に対してドーパミンが放出されてもいいはずなんだけど、喜びを感じるのは、普通は「収穫」の時です。
 
人間の脳味噌は、我々が狩猟採取の原始社会に住んでいると思っています。だからチャレンジを恐れるんです。知らないところに行ったら、死ぬかもしれないじゃん、と思っている。だからセーフティ装置としての「恐怖」があるんです。知らないことをやったら、新しいことをやったら、死ぬかもしれないよ、と。我々の脳味噌は、そう命令します。
 
とはいえ、多くの人間の中には、そういう「恐れ」の感情が吹っ飛んだ人もいますよ。生まれつき、恐れを特に感じない奴です。原始社会だったら、こういう奴は大体、死んだでしょうね。でも時々、大成功する奴がいる。太平洋に漕ぎ出して、ハワイを発見するやつとかね。まあ、例外中の例外ですわ。
 
でもこういう人間が、現代社会では成功します。なぜか。現代社会では、失敗しても死なないからです。現代社会のチャレンジなんて、せいぜい数千万円の借金を背負って起業するぐらいのことでしょう。失敗したって死にませんわ。破産しても、屋根のある部屋で、暖かい布団で寝ることはできる。お腹いっぱい食べることはできる。超安全なんですよ。だから何回もチャレンジできる。
 
何が言いたいかっていうと、現代日本では死なないから、やりたいことやったらいい、ってことです。現代のファーストペンギンが飛び込む海には、シャチはいないんです。魚がいないことはあっても、それだけのことです。生き死にレベルで考えたら、ノーリスクです。でも、我々の本能は生き死にで考えてしまう。頑張って、その本能に蓋をしてチャレンジすることが、現代の資本主義社会で成功するコツかなと思います。