和噺

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神社の噺

今、皆さんが土曜日のお昼にこれを読んでいると想定して書きますが。僕は神社にいます。神社なう、です。(ちなみに、これを書いているのは木曜日の午前。子供部屋の噺を書いた直後。今、つまり木曜日の午前は激しい雨だから外仕事が出来ないよ!)
 
どこの神社かというと、我が集落にある名もなき、っていうか「地主神社」って名前はあるけど、名もなき神社と言っていいと思います。普段は無人の、森の中にひっそりと佇む、小さな神社です。
 
僕の住む集落は人口が百数十人ですが、基本的に皆が、この地主神社の「氏子(うじこ)」になります。創価学会だろうが幸福の科学だろうがイスラムスンニ派であろうが、等しく、この地に住む者は地主神社の氏子です。毎年、800円ぐらいの氏子料を支払います。そのお金で、この神社は運営されています。
 
常駐の神主さんがいない地主神社。運営は、集落みんなで行なっています。どうやるかっていうと、まず、うちの集落を「北組」「中組」「南組」の3つに分けます。で、1年ごとで「神社の担当」を変えていきます。つまり3年に1度、お役目が回ってくるということです。僕は「南組」に属しておりまして、今年はお役目の年です。2019年の1月1日から12月31日までの神社のお世話を、南組のみんなで行います。
 
年間で10回前後の「お祭り」があります。お祭りといっても、縁日が立って屋台が出て、というものじゃありません。皆で集まって掃除をして、祭事を行うだけです。10回のうち、重要な5、6回は隣町から神主さんを呼んできて、ちょっと盛大にやります。
 
神社には、皆が入れる広間みたいなところと、そこから3メートルぐらいの橋っぽい廊下で繋がった「本殿」があって、その本殿に神様がいらっしゃるそうです。で、祭事の時は神様に、お供え物をするんですね。お米、塩、お酒、お頭付きの魚(といっても干したイワシとか)、根と葉がついている野菜(大根とか人参とか小松菜とか)、それに続いてお菓子とかも供えます。
 
最初は米とか塩とか、神様ぽいものだったのに、最後のお菓子になってくると、アルフォートとかガンガン供え出すんですけれども。これはギャグじゃなくて本当のことね。なんか、稲作地域なんだし、せめて「おせんべい」とか「おかき」にしようよと内心、思わなくもないですが、うちの神様はアルフォートが好きなようで、毎回、大量のアルフォートを供えます。
 
で、先述の小さな廊下を渡って本殿に備えるのは、男性だけです。女人禁制。南組の男性陣(といっても10人以下、そもそも出ない人も多いから)が3メートルぐらいの廊下に並び、バケツリレーみたいにお供え物を渡していきます。その後ろに、当頭(とうがしら)という、南組の祭事の責任者の人が続きます。
 
この祭事の責任者っていうのは年功序列なんですが。ちょっとドキドキしているのが、そろそろ僕に番が回ってきかねない。僕は本当は721歳ですけれども、世間では40歳ってことで通していますので。今の南組の男性陣の年齢が、88、88、87、87、70、67、40(721)、39、32、9(うちの息子)、という感じ。いやー、僕の前、がっつり空いてるな。27年、空いてるな。
 
今年はまだ責任のあるお役目は無いですけれどもね。3年後に備えて、いろいろと祭事を勉強しなきゃいけません。一番盛大なお祭りが、11月ごろに行われる「月待ち日待ち」というお祭りで(かっこいい名前でしょ!)、満月の夜にお月様が出るのを待って、そして次の朝の日の出を待つという、少し前までは夜通し行われていたけど、最近はみんな眠いから夜に一旦解散して翌朝日の出前に集まる、というお祭り。
 
この「月待ち日待ち」の時に、竹を組んで祭壇を作るんですよ。1メートルぐらいの小さなものですが。3年前、僕は80代のおじいさんグループから「ワシらも次のお祭りに参加できるか分からんから、祭壇の作り方を教えてやる」とのことで、じっくり学びました。(幸い、80代グループは欠けることなく、3年後の今年も元気に参加しています)
 
ところが、この80代のおじいさんグループ、彼らは幼馴染の同級生なのですが、まぁ意見が合わない。竹を固定するヒモの結び方が、いや違う、こうじゃない、とか意見の一致を全く見ない。僕に教えるどころの話じゃない。最終的にはヒモで結んで組むのを諦めて、インパクトドライバーでビス留めしやがりましたからね。僕が学んだのは「最終的にはインパクトを使ってでも、時間までにそれっぽい形にしろ」ってことでした。(これもギャグじゃないです)
 
まあ、そんな感じの集落の祭事を、今、この瞬間に僕はやっております。日本は広いね。また明日。