和噺

まぐまぐで配信中のメルマガ「和噺」の過去ログです

引きこもりの噺

あんまり人と会わないから実感ないんだけど、引きこもっている人って多いんですってね。大変ですね。今日はそういう人の一人にでも届けばいいなと思って、メルマガを書いてみます。
 
なぜ引きこもるのか。怖いからですよね、外の世界が。まぁ分からなくもありません。外で知らない人間と会ったり、笑顔ふりまいたり、好んでやりたいものじゃないですよね。
 
今のネット社会なら、引きこもることのハードルが下がりますよね。部屋にいても、そこそこ楽しいですから。でも、本当に楽しければいいけれど、大抵の引きこもっている人は、やっぱり外に出たい、「普通」に生きたい、と思っているんじゃないでしょうか。少なくとも、今回はそういう人のために書いています。
 
うーん。怖い。それは何が怖いのか。人間ですよね。人に何か思われる、それが怖いわけです。外に人間がいなければ、余裕で外に出るでしょう。外の人間、それも自分を知っている人間に、何か思われるのが怖いのです。何か思われるというのは、自分のイメージが崩れる、ということです。
 
うわ、引きこもっていた隣の息子(娘)さん、出てきてるよ、と。嫌ですよね。怖いですよね。かといって、見知らぬ土地に行って一人で何かを始められるとも思えない。今まで何もしてきていないし、何も出来ないと言われてきたから。
 
今、周りの人に何かを思われるのが怖い、と書きましたが、それは何が怖いのか。自分のイメージが崩れるとは、つまり、自我が崩れるってことです。僕はこんなはずじゃないのに、という思いです。では、自我とは何か。
 
「これが僕だ」と思っている思い、それが自我です。ただ、思っているだけなんですね。だけど、ただの「思い」でも、それが強固だから、人格に近いものになってしまう。この自我を崩すこと、形成し直すことができれば、苦しみは減ります。自分はこれこれ、こういう人間である、というイメージを変えるのです。
 
じゃあ、どうしたら変わるのか。自我というのは、周りの人間によっても作られていきます。家族から、〇〇くんは優しい子だね、と言われると、優しくなければいけない、となる。頭がいい子だねと言われて(期待されて)育ってきて、そういう自我を形成してきたのに、実際には頭が良くない(テストができない)と、自我と現実とのズレに苦しむ。
 
現実と自我は、誰でも多少はズレているものですが、そのズレが少なければ少ないほど、苦しくないのです。ハゲでデブでチビでも、はいそうですよ、私はハゲでデブでチビですけどそれが何か、という思いでいれば、その人は自我のズレが少なく、苦しみが少ない。そして、そういう現実を受け入れている魅力的な人であるとも、捉えられます。
 
まぁ問題は、周囲が認めないのに、自分だけが認めるのが難しいってことです。周囲の人が「デブはみっともない」と思っている中で、デブで上等という思いを貫き通すのは、大変です。ただ、環境を変えたり、つまり周囲の人間を変えたりして、どうにか自我を変えれば、苦しみはなくなる。現実と自我のズレが少なくなる。
 
自我を変える方法の一つは、周囲の環境を変えることです。そしてもう一方で、正しく現実を見ることです。まぁ、ネットなんて見ないほうがマシですよ。このメルマガのように有益なものもありますが、大抵は、あなたにとって良くない現実(幻想)を補強する方向に働く情報ですから。
 
そこにあるのは例えば、30にもなって彼女がいないし詰んでいる、みたいな、どうしようもない言葉です。こういうのは、多くの人の思想で作られた幻想であり、本当の現実ではありません。あなたが見るべきは、本当の現実です。
 
手足が動きます。自由に歩けます。お腹も空いていません。言葉もしゃべれます。そして、あなたが住んでいる日本には食べ物があふれ、夜、出歩いても殺されることも滅多にない、とても安全な土地です。こういうのが現実の一つです。
 
よく、やりたいことをやれと言う人がいますが、やりたいことを定めるほどに、おそらく、あなたは現実を知りません。現実の世界というのは、情報のことではありません。外に出れば、いろいろな現実が見えてきます。知らない町に、知らない場所に行きましょう。そのうち好きなことが、少なくとも嫌いではないことに出会います。
 
人目が怖ければ海外に行きましょう。アジアとかの、ごちゃごちゃしたところに行けば、人間なんて気にならなくなるでしょう。なぜなら、周りの人が誰も気にしていないからです。オーストラリアの大地を車で走れば、あまりの人間の少なさに、人が恋しくなるかもしれません。
 
あなたの多くの思い、恐怖は、「日本」にいるから起こるものかもしれません。全く違う常識があるところに行けば、世界がガラリと変わります。人間にとっての「世界」とは、「周囲の人間」です。周囲の人間によって作られた自我が苦しみの原因ならば、環境を変えればいいのです。
 
平たく言えば、昼間に外に出るのが怖ければ、夜行バスにでも乗って、どこかに行きましょう。少しのお金があるのなら、旅に出ましょう。スマホは置いていきましょう。歩いてみましょう。誰の言葉でもない「現実」を見ましょう。
 
どこかに、あなたを求めている場所があると思います。後継者不足に悩む伝統工芸の職人さんに出会うかもしれないし。田んぼの手伝いがいなくて困っている老夫婦かもしれません。そういうところに出会って、そういう人生を生きるのも、また一興だと思います。
 
そういう人生を、あなたの自我は、今は受け入れられないかもしれませんが、自我なんてコロリと変わることもあります。子供の頃、外が楽しくてしょうがなかったのも、それもまた自分の自我です。
 
お金は持ちましたか。着替えは入れましたか。靴下は多めに入れておくといいですよ。歩きやすい靴を履きましょう。ご家族に心配かけないように手紙を書きましょう。そして、どこかに行きましょう。思ったよりも、世界は広いものです。