和噺

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学校の噺

もう一時ほどの熱量は下がったので、ほとぼりが冷めた頃に口を挟みます。不登校ユーチューバーの話。何の話やねんって人は、不登校ユーチューバーでググれ。

この手の話は、掘り下げると結構根が深い問題でして。不登校を論じるならば、そもそも学校とは何なのか、何のために行かなければいけないのか、ってところまで考えないといけないと思います。思いまっする。マッスルマッスル!

はい、アハ!のお時間ですよー茂木先生。マッスルマッスル!誰でしたかねー。芸人でしょうね。なかやまきんに君がチラチラ浮かびますが、多分違いますね。マッスル北村氏も脳裏をよぎりますが、多分違うでしょうね。考えましたか? アハ!しましたか? 考えるだけでもニューロンが活性化するんだぜFuck you baby!って茂木先生が言ってました。金髪女をはべらせながらヒルトンホテルの最上階で。

僕は結構考えて活性化しましたよ脳細胞。4年前の今日の昼ごはんが、あんかけ焼きそばだったことを突如として思い出しましたからね。調子に乗って、封じ込めたトラウマもチラリと顔を出してきたので、そろそろ考えるのをやめますけれど。結局、マッスルマッスルは思い出せないので、十分に脳細胞が活性化したところでググります。さて正解は・・・



ミスターマッスル! いいともに出ていた外人か! 深夜のテレ東で石塚さんとパパイヤ鈴木さんと飯食ったりしてましたね。これは我ながら良い問題でした。知ってるけれども思い出せない、絶妙な線を突いたと思います。多分皆さん、存分にニューロン活性化させたんじゃないでしょうか。はい、マッスルマッスル!

このようにね、不登校の話をしようと思ったのに、がっつりミスターマッスルの話ですよ。こんにちは、僕です。皆さん元気ですか? あんかけ焼きそば食べましたか? 僕は4年前に食べましたよ。

で、学校とは何のためにあるのか。日本に限れば、学校が出来て、子供たちが学校に通い出した(通学を強制された)のは明治期からのことです。江戸時代は、寺子屋ってのはありましたが、ありゃ自由参加の塾で、今で言えばピアノのお稽古とそう変わらないものだと思っています。

じゃあ、なんで明治期に学校が出来たのか。当然ですが、欧米の制度を取り入れたからですね。欧米を真似なければ植民地になっちゃうよ!富国強兵!脱亜入欧!マッスルマッスル!を標語に日本がモデルチェンジした、その一環なわけです。

じゃあ、そもそも欧米の学校というのは、何のために作られたのか。ここで言う「学校」とは、オックスフォード大学とか、そういうレベルの学校じゃなくて、「全国民」が通学することを求められている学校、小学校とかそういう類の学校です。全国民が通うのだから、その前提として「国」がないといけません。江戸時代、「日本」と言う国はなかった。各藩が「国」だった。明治に「日本」が出来たときに、学校も出来ました。

学校があるためには、その主体となる国がないといけません。国がなければ、学校はない。学校とは、簡単に言えば、国民を作る機関です。では、国民とは何か。国のために働き、納税し、(民主主義国家であれば)自治をし、時と場合によれば兵隊として戦う。それが「国民」です。

例えばね、アマゾンの奥地に住んでいるヤノマミ族の方々は、ブラジル国民ではないんですよ。地図上ではブラジルと書かれたところに住んでいるけれども、ブラジル国民ではない。

ヤノマミ族をブラジル国民にするためには、教育しなければいけない。あなたは、ブラジルの土地に住んでいるのだから、ブラジル政府に税金を支払わなければいけない。そのためには、労働をし、生産しなければいけない。生産をするためには、誰かに雇われて給料をもらうのが一番簡単な方法。ただ、そのためにも、読み書きとか簡単な計算レベルのことが出来なくてはいけない。そのために、ヤノマミ族を「教育」しないといけない。だから「学校」を作ろう。こういう順番です。

ところでミスターマッスルってイラン人なんですって。言われてみれば、そんな感じの顔つきですね。マッスルマッスル!

ですから、学校の目的というのは「労働者(もしくは軍人)の育成機関」である、というのが僕の理解です。「知識を与えるところ」ではありません。江戸時代の寺子屋は(知らないけど)、知識をつける場所だったんじゃないですか。読み書きそろばんをマスターしたら、来る必要は無い。

だけど学校ってのは違います。この「学校」は、現代の日本の学校ね。「勉強ができるから行かない」じゃダメなんです。学校で一番重要なことは何だかわかりますか? 勉強ができることでも、人間関係を学ぶことでもないんですよ。「時間通りに学校に来て、言われたことをやること」です。これが最も重要なことです。

当然、先生にそう聞けば否定するでしょうよ。「社会に役立つ知識をつけ、協調性を身につけ、心豊かな人間を(以下略)」みたいな、否定しようもない漠然とした理由が用意されているでしょう。

だけど実態がそうです。勉強も出来る、友達づきあいも良い、だけど気が向いた時しか学校に来ないし、勝手に帰るというA君。一方、勉強はできない、友達もうまく作れない、だけど毎日ちゃんと8時に来るし、言われた筋トレも頑張っている、毎日通って皆勤賞のミスターマッスル。この場合、学校が「良い生徒」とするのは、後者のミスターマッスルです。

なぜなら。軍人(兵隊)や労働者にとって最も重要なのは「時間を守り、言われたことをやる」ことだからです。命令を下すたびに意見を言う兵隊がいたら、戦争に負けます。みんなが8時に来ないと、工場は稼働しません。

いや、今の時代に労働者に求められているのは自発的に考えて動く人材ですから!残念!みたいなビジネス書的な意見もあるでしょうが、「学校」というシステムができた明治時代、そしてその明治時代の学校の原型になった産業革命以降の欧米の労働者像というのは、工場労働者です。学校の根本には、その時代の思想が色濃く残っています。

さて。ざっくり説明しましたが、学校とはそういうところで、ミスターマッスルの本名はランディです。その前提を理解した上での、学校をどうするだとか、不登校をどうするか、という話にしないといけない。まず、皆が思っている「学校」、そして実態の「学校」っていうのが超あやふやなまま、不登校ユーチューバーが良いだの可哀想だのと個人的な感想のみを言ってるから議論にもならないよね、というのが僕の感想でーす。

まぁ、この手の問題は枝葉が広いんですよ。法律も絡んできますし。義務教育とは、(親が)教育を受けさせる義務であり、子供は教育を受ける権利を有しているだけだから、子供の判断での不登校は法律的にはOKだし。とか。そもそもの学校の必要性とは乖離したレベルでの「学校に行くのは常識」という日本の共同認識があるから、フラットな状態での判断ではなくなっているし。共働きの家庭なら、昼間、子供を学校以外のどこに置いておくんだ的な現実レベルの問題もあるし。

新聞や雑誌の連載なら、紙面の都合でここまで的な理由でお茶を濁せるけれど、メルマガの紙面は尽きないね。デジタルだから。切りがないから、自分で切りますよ。まぁ、僕の私的な学校へのスタンスは「行きたければ行けば」です。以上!チャオ!